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生活と自分ー向き合うこと、楽しむこと

 

delicious sea, delicious me

 "Delicious sea, delicious me" by nonaromatique

www.instagram.com

 

 

オーガニック、ミニマリズム、ゼロウェイスト。

 

これらが教えてくれた共通のこと、

それは生活に向き合うことである。

他の誰のものでもない自分の暮らしを見つめ直すことである。

そして、その無限に自分で広げていける楽しさを教えてくれた。

 

 人間は生活感のある生活にかかる時間をなんとか最小化しようとし、いろんな便利な機械、添加物を生み出してきた。(Amazon CAPTCHA参照)しかし、そうしてできた余った時間でする遊びはお金もかかり、楽しみは一過性で飽きてしまうし、その過程で、自分の生活と向き合う喜びや楽しさを失った。

 

保存料の入った食べ物は、たとえ1年もったとしても、1年ずっと楽しませてくれるわけではない。

でも、同じものを買うかわりに作ることを覚えたら、次はどうアレンジしようか、次はこれをやってみようなどという楽しみが自分次第で広がっていく。

 

人間は元来きっと作ったり創ったりしたい生き物なのだ。

それに目を向けないで、とにかく効率的に生きようとすると結局幸福感を得られない。

 

食事や掃除や入浴など、自分の世話はどんな形であれかなりの大金持ちか王族でもない限り死ぬまでやらなければいけないのに、それ自体を創造的に楽しめず時間をなんとか縮めたいような面倒臭いものにしてしまうことで、本当にかえって幸せになれるのだろうか。

 

きっと自分の食事や掃除といった自分の世話は自分を大事にすることなんだと思う。

それができないと、どんなに買い物をしても本当の充実感は得られないのであろう。

 

生活に向き合って、自分に向き合って、

生活を創造的に楽しんで、自分も創造的に楽しんでいきたい。

 

おケチでもできる◎無添加ナチュラルスキンケア

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そう、おケチでもできる。上の写真のうち、2つはスペシャルケアだからなくてもいいから。

つまり 3つのアイテムだけで良い。

しかも全部3000円以下でほとんどが3ケタ。

肌をきれいにしたかったら、スキンケアに関しては特に百貨店の1階とはおさらばしなければならない。

おケチでもできて、お肌の調子も安定するコツはとにかく「超絶シンプル」にすること。必要最低限にすることで、調子が傾いてもその傾きをなおすのをお肌や睡眠や食事にまかせること。だって、お肌はそんなにいろいろ外界から吸収しないし、そんなにお肌を介していったりきたりされても、体の中身とかでられても困るし。究極的には、皮脂以外はお肌にとってはほとんどが異物なのだから。

(参照:宇津木式スキンケア事典 化粧品をやめると、肌はよみがえる (ノンフィクション単行本) | 宇津木 龍一 |本 | 通販 | Amazon&ウソをつく化粧品Amazon CAPTCHA

では、超絶シンプルおケチスキンケア、説明します。

 

1 クレンジング

ココナッツオイル。以上。

高いオーガニックのクレンジングよりかなり割安。500gで800円弱。

オーガニックだと150gとかで4000円。ものの値段って不思議。

ココナッツオイルを、顔に塗りたくってお湯で流す。マスカラもゆっくりやればちゃんと落ちます。顔をマッサージするような感じで、ゆっくり温めながら化粧とオイルを馴染ませる。

流しても、そこそこぬるぬるするけど、化粧は全部とれてるし、2で優しい石鹸で洗うから大丈夫。

ココナッツオイルは、匂いが苦手じゃなかったら、無添加で無精製のエキストラヴァージンココナッツオイルがおすすめ。

これはかなり安い。

www.amazon.co.jp

フェアトレードのものもある。

 

https://www.amazon.co.jp/エクストラバージン-ココナッツオイル-300ML-オーガニック-フェアトレード認定/dp/B00YC25SVS/ref=sr_1_2?s=food-beverage&ie=UTF8&qid=1494155881&sr=1-2&keywords=ココナッツオイル フェアトレード

 

2 洗顔

純石鹸、以上。

「化粧用」の石鹸(洗濯用じゃない)で、添加物の一切ない石鹸素地のみの石鹸を選ぶ。オリーブオイルやアルガンオイルマルセイユ石鹸はしっとりするし、月桂樹入りのアレッポ石鹸も癒されます。

store.shopping.yahoo.co.jp

700円!

item.rakuten.co.jp

300円!

 

3 保護

ワセリン、以上。

ここで保湿ではなく保護としたのは、上でも述べたように肌は外界から内部を守る機関であり基本的には何かを吸収することはないと言う考えに基づいている。つまり化粧水を叩き込んでところで基本的には水分が蒸発すると考えて良い。化粧品が機能するとすれば石鹸で洗顔したことにより若干アルカリ性に傾いた肌を中和することであろう。(上記参照した本)

 

ワセリンはできるだけ純度の高いものを使用した方が良い。というのも不純物が多いと朝に使用した場合紫外線の影響受けてしまう。日本で入手できる中で最も純度の高いワセリンはさんホワイト。確かに白色ワセリン等に比べれば割高であるが、それこそ百貨店の1階にあるようなブランドの化粧品に比べればお安いものである。なんと50gで982円。

Amazon.co.jp: サンホワイト P1: ビューティー

 

4 スペシャルケア

なくてもいいのだけど、やっぱりたまにケアしたいものシリーズ。

 

4-1 ニキビができてしまった時

www.omochabako-webstore.jp

「ティートリー精油と蜜蝋ワックスクリームが、肌や鼻の粘膜、目頭などかゆみのある箇所を殺菌し、鎮静させすこやかな状態に整えます。

ニキビといえばティーツリー。痒かったり痛いニキビに効く。

でも究極は、水分をたくさんとることと食生活と睡眠でなおすしかない。

 

4-2 肌のざらつきが気になる時

www.ishizawa-lab.co.jp

20gで324円。安いのでお試しあれ。

クレイだけど脱脂力がキツすぎず、本当にツルツルになる。

 

4-3 やっぱりそれでもなんとなく水分をつけた気分になりたい時

www.amazon.co.jp

化粧水は一般的にほとんど水でどう考えても上記の考え方からすると蒸発しかしないから、あんまりしないのだけど、石鹸でアルカリ性に傾いた肌が中和するのを、酸性よりの化粧水なら補助できる。ユリアージュウォーターは弱酸性の温泉水。もちろん無添加

缶のごみがでるので自分で作ってもいいかとも思っている。

 

以上、無添加は高いと思っていた方は違うという事がわかっていただけたかもしれない。

私はこれでいま特に問題ないところか、調子がいい。

 

 

 

ゼロウェイストピリオド。

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一切ごみがでない、月経カップ

5000円初期投資で10年つかえます。

では早速。

 

用意するもの。

スクーンカップ

Amazon.co.jp:スクーンカップ 月経カップ スーパーソフトで量の多い日も安心の生理用品 クラリティ:サイズ1:ドラッグストア

調べたところ、これがユーザーの声を聞いて改良を重ねた、割とカップの中では新しめのもののよう。アマゾンで気軽に買えるのもいいし、一応日本でも認可がある。

 

布ナプキンか紙ナプキン

Amazon CAPTCHA

これまたアマゾンで購入可。正しい位置に入れればまあ漏れないのでこれでいいかな。でも保険はいる。ちなみにダンボールで来るのが嫌な人は銀座の東急ハンズにオーガニックの布ナプキンが売ってました。

流せる(た)ナプキンAmazon.co.jp:セペ 肌にやさしいナプキン 28包:ドラッグストアでもいい。

新しいこと2つやるのはストレスフルという人は、既存のものでもいいし、これは昔流せるナプキンという名前で売ってたけど、規制が厳しくなって実際は流せるけど、名前を変えざるを得なくなった商品。ゴミ箱に溜まるストレスからは解放されるし、むれにくいからいいけど、ポリエチレンが入っているから、流したあとの環境への影響は心配。

 

潤滑剤

とにかく最初、つけるときにうまい具合?方向がわからずぐいぐいやって摩擦が痛いので、ココナッツオイルがおすすめ。

最安値の無精製エクストラヴァージン Amazon CAPTCHA

匂いが苦手な方の無精製

Amazon | プレミアムココナッツオイル 460g | ココナッツオイル 通販

化粧品グレードに精製されているもの 

www.mmoon.net

ココナッツオイルはメイクも落とせるし、抗菌作用もあるのでおすすめ。ローションでもいいのですけどそれだけのために買うのが嫌な人は特にココナツオイルは万能なのでオススメ。特にローションは水性のものでないとシリコンを傷つけるそう。つける時の痛みはカップの幅じゃなくて摩擦。カップより大きいものも入ってるし、赤ちゃんも出て来るし膣には神経がないから、摩擦なんです。それを軽減すれば、意外とすいっと入ります。塗りかたはあとで説明します。

 

折りたたみかた

おすすめはパンチダウンフォールド。

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www.youtube.com

簡単だし、先が細くなるし、掴みやすくて力が入りやすいからおすすめ。説明書に書いてるCとか入る気がしないし、他にもキモノ折りとか7フォールドとかあるけど、複雑すぎて覚えられないし掴みにくいから入れようとしてるうちに開いて面倒。

 

潤滑油の塗りかた

以下のサイト参考。

sazamo.hatenablog.com

あんまり塗るなって書いてるけど、掴む指が滑らない程度に結構塗ったほうがほいっと入ってテンション上がる。あと、それでもやっぱり何回も失敗して穴付近がヒリヒリするのでお風呂上がりにココナッツオイルをぬっとけば、保湿されてヒリヒリが沈静化する。便利。

 

入れかた(お風呂で)

howto.maromaga.com

こちら参考。私はお風呂で中腰でがんばりました。最初は潤滑油なしだったから一時間くらいかかった。力の入れかたがわからなくていろいろ筋肉痛になった。つらかった。ヒリヒリした。ヒリヒリしたら、無理せず、時間を置いて痛くなくなってからトライしてみよう。ちなみに私は1サイクル目では痛くなって疲れた上浅すぎたみたいで漏れてテンション下がって一回使用したあと休んで、2サイクル目の2日目で潤滑油を使って成功(漏れない正しい位置!)しました。

ちなみに入れたあとは指で一周押すと、もうこれ以上奥まで行かないかなっていうとこにはまる。すると漏れないし違和感ゼロ。あと背伸びとか屈伸とかしてみよう。ステムが隠れるまで入れるのが目安。

座ったり立ったりして違和感があったらまだ浅すぎるサインなのでもう一押ししてみよう。

 

お風呂も普通に入れるし、基本忘れて過ごせる。たまにゴポッとかいうけど気にしない。

 

外しかた(お風呂)

入れ方と同じサイト参考。

入れるより外す方が難しい。コツはとにかく指を入れて空気を入れること。そのままステムを引っ張って全部だそうとすると、吸盤みたいになって涙が出るくらい痛い。(経験済)

息を吐いてリラックスしていきみながらステムを引っ張ってある程度でてきたら、指を入れて空気を入れて凹ませながら出す。ちなみにまだ筆者は完全には慣れてません。苦労します。まだお風呂じゃないとできない。

 

洗い方

純石鹸がおすすめ。

あまり神経質にならなくてもいいと思うけど、使い終わって気がついたら煮沸消毒するといいと思う。

www.youtube.com

やり方はこちら参照。5分でいいと思う。なんかカップが柔らかくなるので、しょっちゅうしなくてもいいと思う。

しまいかた
通気性のいい布袋(付属のでも)にいれておく。ビニールはだめ。Done!

 

 

 

 

 

「そのままで」戦争

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"actively intangible"  by nonaromatique (me)

わたしの日々の闘いーそれは買い物するとき、「そのままで」とすかさず素早く言うこと。

 

スーパーに行ってイチゴを買った。(すでにプラスチック包装だが。。)

「そのままでお願いします」とコットンのトートバッグをだして

「これに入れてください」と言った。

「かしこまりました、ご協力ありがとうございます」と店員さん。

次の瞬間、聞くこともなく秒速でビニール袋で包み、テープでとめた。

イチゴの汁がカバンについてしまっては、と思ってくれたのだろうが、(洗えばいいじゃない)

わたしには選択肢が与えられなかったようでちょっと暴力的とさえ思えた。

 

わたしには、レジ袋などのビニールをなるべくつかわなくてもいいように自分なりに努力したい思いがあって、そのままでとお願いした。

わたしからすると、それを小さいビニール袋にいれられたら本末転倒だ。

 

こんなことは日常茶飯事で、疲れてぼーっとしていると聞いて選択肢をあたえられることもなく、袋にいれられてしまうことも多々。

 

レジ袋っていらないじゃない。

エコバッグなんて手のひらサイズだし、すぐ破れるようなレジ袋が溜まっていくよりよっぽど便利なんだけどな。土にもかえらないし。リサイクルもしにくい。

 

日本は包装が丁寧なところはいいところだけど、贈り物ならまだしも、自分が食べるものを買うのにそんな丁寧さがいるとは思えない。

 

とにかく袋がいらないということは、早い段階でいわないといけないし、言っても店員さんが聞いていないことも。。。

 

そしてより大きな声で繰り返す。

「そのままで!」「そのままでお願いします!」

 

まるで戦争みたい。

 

でも、わたしはいらないものはいらないと選択したいのだ。

 

あなたの化粧はあなたのため

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「あなたの顔はあなたのもの」collage by @nonaromatique • Instagram photos and videos (me)

 

化粧ってなんだろう

化粧ってなんでするのかな

化粧ってだれのためだ

某電鉄の広告は、それを考えさせた。(反応がだいぶ遅いけど。いつもブログの下書きばっかり溜まるのだ)

 

どうやら、人前で女性が化粧するのはみっともないらしい。

笑ってしまった。それが広告になったことに。もっと心配すること世の中にあるだろうって、情けなくもなった。

 

そうして、どうして自分は電車の中でしないか考えてみた。

1.朝3〜5分でできるから

2.持ち運ぶのが重い

3.揺れてる中でやるスキルに自信がないから

 

それで電車のなかでする人の理由はいろいろテレビでみたら、以下のとおり。

1.朝忙しくてできない

2.通勤の時間が無駄だから、そこでやる

3.揺れてもできる(スゲエ)

 

お気づきとは思うが、私もする女性も共通しているのは、他人からどう見られているかなんてこれっぽちも気にしていないことだ。

 

みっともないってなんだ。あんたにみせるために電車でやっているのではないだろう。自分が忙しいからだ。

そもそも、化粧は自分のためにやってるのだ。

みっともないって、じゃああんたはどんな化粧をしているんだ毎日。

化粧をすることは恥ずかしいのか。

化粧をしていないひとのことも、そんな年になっても化粧っ気がない、女として恥ずかしいというくせに。

だれだ、体調がわるくて化粧しなかった日に、「顔色悪いね」っていってくるやつは?しんどそうだね、でいいのに。

 

みんなが顔について話すのをやめれば、朝忙しいのに時間をかけて顔をつくらなくていいのにな。

 

わたしの化粧はわたしのため。

あなたの化粧だって、あなたのため。

足るを知る ー普通でいることの勇気ー

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photo by nonaromatique (me)

 

自分自身も、社会も経済も何もかも、いつまでもどこまでも前進しなければいけないのだろうか。

そろそろこれを見直す頃が来たかもしれない。

これを信じて生きて来た自分も、世の中も、景気も、

疲労と、閉そく感と、低迷を経験している。

でもそれらは、前進していないことを否定的に捉えるためにそのように見えるだけではないのか。

いつも前進していなくては正しくないなんて、誰が決めたのだろう。

いま出来ていることを続けることが惰性だなんて、なんて贅沢なんだろう。

いつもみんなと違うことをしていないと価値がないなんて、何の意味があるのだろう。

普通に働けて、住む家がある事だけで充分立派じゃないのか。家族や自分を養っているだけ。それの何が悪いのだ。正しさでしかない。

それ以上の人生なんて、おまけみたいなものだ。

自分が前進したり成長したりすることに自体は、それが他者に影響を及ぼさなかったら、自分のためでしかない。

自分が前進することを、無償で願う者はいない。

働いたら、そのぶんお金をもらうだけ。社会はシンプルなのだ。

それも、世の中には、働いた分ももらえない人もいる。

働いて、生活していける以上のことを飽くなく求めるなんて、結構贅沢なはなし。

その贅沢は、自分の「もっと良くなりたい」より、働いたぶんもらえない人にかえしたい。

普通以上の「もっと」はせめて普通ができない人の「悔しさ」をこの世から減らすべく使われるといいな。

でも、その悔しさは、世の中が、なんでもいつまでもどこまでも、前進していないといけないと信じ込んでいるから、そうでもないと思っている人が、しんどくなって生まれる感情なだけだ。

どっちが正しいとかではない。

どっちでもいいじゃない。

前進するのに疲れたなら、それが正しいかなんて、わからないんだから、やめてしまえ。

そんなことしなくても、続けられることが幸せだ。

その感謝を胸に勝手に誇りをもって、暮らそう。

エゴがそんなにミニマルでもない今のミニマリズムとうまく付き合うには

私はなんと、化粧品で肌を痛めたことから、化学物質が身体にあたえる毒性、環境への悪影響、持続可能性等について思いを馳せるにいたった。

あんなにいろんな化粧品を沢山買い込んで使って、肌に気をくばっていたのについに肌を壊してしまった。

それをきっかけに、自分は必要のない消費をし、肌を良くするところか痛めるようなものを大量に持っていたのではないかと考えるようになった。

(化粧品の毒性については別の記事が書けてしまうところだが)

日本で「ミニマリスト」が流行語大賞にノミネートされたのは2015年で「今更か」という声が聞こえるが、どの「イズム」がいつ・どのように自分の思考を秩序付けるかは、下記に述べるとおり、もっぱら自分自身の決めることである。

それ以前の私は、気をつけていたつもりでも、製品を生み出している企業の姿勢に思いを馳せず、入っている化学物質の危険性にも目もくれず、とても責任ある消費活動、廃棄をしているとはいえなかったし、これからも自分なりの道を模索しつづけると思う。

少ないもので優雅に生きる方法は他者や環境とも調和するものだと信じているからだ。

できるだけ物を無駄にせず、環境にさらに悪い影響を与えずに生きようと考えると必ずミニマリズムという概念に出会うことになる。そしてこれが、「他者や環境とも調和する」か「そんなミニマルでもないエゴ有り」のイズムになってしまうかは、もっぱらこれを実行する人にかかっている。

まずミニマリズムは大きく、芸術面での意味とライフスタイルとしての意味の2つにわけられる。

芸術面でのミニマリズムとは概ね無駄のないデザインや構図を指す(これも詳しく書くと記事がもう一つできてしまう)のだが、これがライフスタイルでのミニマリズムと混同されて、いままで持っていたモノを全部放り投げて、すっきりとしたデザインが「流行っている」から、それと丸ごととっかえてしまえばなんちゃってミニマリズムができあがる、というエゴ満点の悲しい現象も起きている。しかも、ミニマリズム「ちっく」な人々がお互いを、持っているモノのデザインで「ジャッジ」しあって、「それじゃミニマリズムっぽくない」とか言い合ってたいそう不健康なことをやってしまっている。そうして、ミニマリストはついに「金持ちのくだらない趣向」と批判されるに至る。だって、本当にお金がなかったら沢山のモノなんてそもそも持てないし、そこから見てくれだけ脱却しようとして「すっきりとした」デザインのものに総入れ替えなんてできっこないのだから。

しかもさらに最悪なことに、ライフスタイルとしてのミニマリズムには往々にして捨てることばかりに注目が集まっている。そして、最も大きな問題は圧倒的に捨てたものに対する責任が欠如していることである。

大量にモノを捨てることはセンセーショナルでドラマチックで、どうしても目が行きがちなのだろう。

しかし捨てることはあくまで単なる過程の一つであり、目的ではないしそれが目的になってはいけない。

本来、ライフスタイルとしてのミニマリズムで重要なのは、自分の持つモノに対して責任をもつことである。責任のある消費、所有することを身につけることである。

自分の所有するものに責任をもつのは、元来自分のためでしかないし、そうだから余計に当然にしてよいこと・よかったはずのことなのである。それができてなかったことに、私たちが今更気付いただけなのである。しかも、それでどれだけの量のモノをもつかも、どんなモノをもつかも、いたって個人の管理するところにある。

たくさんのモノに埋め尽くされ、モノに奪われていた空間へのコントロールを取り戻して、生活を整理し自分にとっての秩序を他の誰でもない自分で創りなおすのである。

そうすることを原点として、最終的にはより循環型社会に貢献できるような責任ある消費・所有をすることに目をむけるための「イズム」なはずなのである。

しかし、「こんまり」こと近藤麻理恵さんがその波の重要な部分を担っていた日本でのミニマリズムは、あまりにも「捨てる」ことに注目が集まりすぎていて、まるで自分の「捨てまくったモノ」に対する責任については語られていない。

「僕たちにもうモノは要らない」なんて(そんな本があるけれど)、世界中にはモノがなくて困っている人々がたくさんいるのに、そんなエゴイスティックなことがよく言えたものである。もう自分には興味がないモノを捨てまくったあげく、ゴミは無責任に扱い、自分だけがすっきりして、どこでどうつくられたか知ろうともしないで「すっきり」としたデザインのものをちょこっとだけそろえて、「はい、ミニマリストになれました!」とか言って一人で満足するなんて、なんていう贅沢者なんだろう。

「人生がときめく片付けの魔法」(こんまりさん著)では、家からゴミ袋20袋がでてきたケースがあったという。しかし、どんなに「ときめく」かどうかで残すものを選んでも、もしその中の「ゴミ」がきちんと分別され、リサイクルされるよう責任をもって廃棄されていなかったら、もしその中でまだつかえるはずのものがただ「面倒だから」とか「よく知らないから」といってきちんと寄付されていなかったら、片付けたその人たちは勝手にときめいても、環境も、モノが足りなくてモノを必要としている人は全く「ときめく」こともない。

もっともこの本には捨てたモノには感謝するように書いてあるけれど、そのあとどうなったは書いていないから、もしかしたらちゃんと処分しているかもしれない。でも私は捨てたものをどうすべきかについて、まったく書いていないことが問題だと言いたいだけなのだ。

しかし、もしこのイズムを実行しようとする人が、自分の捨てるものにもきちんと責任をもち、できる分は寄付を行い、そうすることでこれからより責任ある消費、所有を行おうとするのであれば、ライフスタイルとしてのこのミニマリズムの波は、流行として扱われるだけにしてはまさに「もったいない」。なぜなら、モノに支配されていた人は自分にとっての本当の豊かさを取り戻し、また寄付やリサイクルにつとめることで、より循環型社会・持続可能性に貢献することができるからである。モノが必要だった人は、新しくモノを製造しなくても、それを新しく買うよりも安く手軽に手にすることができるかもしれないのだ。

ミニマリズムは、本来自他ともに「善く」生きられるためのものだ。そうあってほしい。

ではモノに奪われていた空間へのコントロールを取り戻して、生活の秩序を他の誰でもない自分で創りなおすにはどうすればよいか。

私が実際にやってみたことを挙げてみようと思う。

私の部屋は服がたくさんあった。ヴィンテージや古着のコートや、リサイクルショップで買った服や、ユニクロのものなど。

まず特に服について、まず何を目標にしたいか考えてみた。

私は衣替えというやつが大嫌いである。

そして朝服選びに1秒も迷いたくない。

では衣替えをしなくていいタンスを目指せばよい。

迷わなくていいように、自分のお気に入りの服だけで、自分のためだけに制服のように決まったスタイルででかければよい。

世の中の多くの人が季節がかわるごとに衣替えをしているからといって、自分がしないといけない理由はない。めんどくさい。それに、全部見えるところにあったほうが、春や秋など気温の変化が激しく微妙な季節のときにうまく対応しやすいのだ。

この目標の設定の仕方については、先ほど言及したこんまりさんの本を参考にした。こうした目標の設定の仕方や、片付けの目指すところについては、私は彼女の言うことに共鳴した部分も多々あった。

要するに、彼女いわくとりあえずものをなくす!という方向に走るのではなくて、自分がどういう空間に居たいかをまずよく考えるべきだというものである。

これは、先述した、「生活を整理し自分にとっての秩序を他の誰でもない自分で創りなおす」べきだという私個人の考えと共通点が見出せる。

それで、私個人はなかなか「ときめく」という感情で、ポジティブな状況を感受しないので、「お気に入り」「好き」かどうかだけで取捨選択していった。

そのあと、まだ十分着れるがどうしても自分の価値観の変化などで、そのカテゴリーに落ちなかったものは、すべて寄付した。160サイズで2個のダンボールの量になった。(フクサポを活用)

私は、今まで上から目線になるのがいやで、寄付というものを素直に受け止められなかった。モノが必要なのにモノがないなんて不公平だ、なんて考えるのは自分が日本にいるからだけなんじゃないだろうかと思っていた。

しかし、先述したように、世界には日本のように簡単に洋服を手にいれることができない人もいるのも現実である。たったダンボール2箱が世界を救えると思っていないが、私自身を必ずしも幸せにはしていないものが、誰か他の人を幸せにすることができるなら、燃やしてしまうよりよっぽどいい。

しかし寄付してみて感じたのは、寄付することは想像するほど簡単ではないということである。ある種の服は受け付けない団体や、寄付「代」が何千円もかかってしまうものなど。自分としては、寄付される団体側「手間賃」として払うより、通常の「寄付金」として払う方がすんなり理解できる。また、洋服をその団体に送付してもなぜかリサイクルする!と主張するところもある。リサイクルとは響きがいいかもしてないが、リサイクルするにはその過程でたくさんの化学物質やエネルギーが消費される。できればそれをしたくないから、洋服を洋服のまま物品寄付したいのだから、それができてかつその洋服が結局どこに行って誰のためになっているかきちんと活動実績が書かれているところを検索したのだが、5本の指で数えるほどしか団体がなかった。難しい。カナダには、寮の地下や住宅の近くに寄付用の箱がどこにでも置いてあって、気負わずに寄付ができたのに。

とにかく、物品寄付があまり簡単ではないのは別の記事が書けそうなくらいの問題であるにしても、Verena Erinもいうように自分が捨てるものにはきちんと責任を持つべきである。

まだ使えそうなものはできるだけ寄付するようにし、生分解されないものはきちんとリサイクルされるようにすべきである。

もし、自分の所有するものや捨てるものに責任をもち、自分のする消費にも目を向けることをもって、自分をミニマリストと言える人が増えたなら、「ミニマリストなんて金持ちのくだらない趣向だ」という批判は当たらなくなるだろう。Guardianの記事には、ミニマリズムを話題にするとき、社会経済的ステータスの恵まれた人しかできないのでは、という論点に決定的に欠けているとあった。それは、先述したように、芸術面でのミニマリズムとライフスタイルでのミニマリズムと混同されて、すっきりとしたデザインに丸ごととっかえてエゴ満点のなんちゃってミニマリズムをやっていれば、の話である。

自分の消費行動や持つモノにきちんと責任をもって自分で創り上げた秩序ある空間に住まわせ、捨てるモノにも社会的責任をもち、最終的にはより循環型社会・持続可能性に貢献できるような、自他共に「善く」生きるためのミニマリズムならば、経済力関係なしにできる。

自分さえ良ければ、すっきりしていればいいというエゴこそ「ミニマル」にすることがミニマリズムなのである。